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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)134号 判決

東京都杉並区荻窪三丁目七番二三号三〇二

原告

日下正一

東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号

被告

荻窪税務署長

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

被告ら指定代理人

押切瞳

古俣与喜男

新保重信

長谷川藤吉

主文

1  原告の被告荻窪税務署長に対する訴えのうち、昭和四九年四月三〇日付更正の取消しを求める訴え、昭和五〇年七月三〇日付再更正及び過少申告加算税の賦課決定の無効確認を求める訴え並びに同年五月三一日付更正すべき理由がない旨の通知の取消しを求める訴えをいずれも却下する。

2  原告の被告荻窪税務署長に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告荻窪税務署長が原告の昭和四八年分所得税について昭和四九年四月三〇日付でした更正を取り消す。

2  (本位的請求)

被告荻窪税務署長が原告の昭和四八年分所得税について昭和五〇年七月三〇日付でした再更正及び過少申告加算税の賦課決定は無効であることを確認する。

(予備的請求)

右本位的請求に係る再更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

3  (本位的請求)

被告荻窪税務署長が昭和五〇年五月三一日付でした原告の昭和四八年分所得税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知は無効であることを確認する。

(予備的請求)

右本位的請求に係る更正すべき理由がない旨の通知を取り消す。

4  被告国は原告に対して金四万二七〇〇円及びこれに対する昭和四九年三月一六日から支払済みまで年七分三厘の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決

二  被告ら

1  被告荻窪税務署長の本案前の申立て

(一) 原告の請求の趣旨第一項の請求に係る訴え及び同第三項の予備的請求に係る訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

2  被告らの本案についての申立て

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二原告の請求原因

一  原告の昭和四八年分所得税について、原告は、昭和四九年二月一九日に青色申告書により課税総所得金額六万三〇〇〇円、算出税額〇円との確定申告をしたところ、被告荻窪税務署長(以下「被告署長」という。)は、同年四月三〇日付で課税総所得金額七万八〇〇〇円、算出税額七七〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)をし、更に昭和五〇年七月三〇日付で課税総所得金額三七万一〇〇〇円、算出税額三万六九〇〇円とする再更正(以下「本件再更正」という。)及び過少申告加算税一四〇〇円の賦課決定(以下「本件賦課決定」といい、本件再更正と合わせて「本件再更正等」という。)をした。

二1  本件更正が原告の申告に係る医療費控除一万五四九〇円を認めなかつたのは、次に述べる理由により違法である。

(一) 所得税法第七三条第一項(昭和五〇年法律第一三号による改正前のもの。以下同じ。)の解釈適用上、当該医療費の金額が一〇万円未満で、かつ各種所得金額の合計額の百分の五に相当する金額が一〇万円未満の者については、右医療費の金額を医療費控除として認めるべきである。そして、原告が支払つた医療費の金額は一万五四九〇円で、かつ原告の総所得金額の百分の五に相当する金額は一〇万円未満であるから、右医療費の金額を医療費控除として認めるべきであるのに、右医療費の金額が原告の総所得金額の百分の五に相当する金額を超えないとして医療費控除を認めなかつたのは、同項の解釈適用を誤つたもので違法である。

(二) 所得税法第七三条第一項は、所得金額の少ない納税者を経済的関係において差別するものであるから、憲法第一四条第一項に違反し無効である。また、所得税法第七三条第一項が医療費控除として支払医療費の金額のうち各種所得金額の合計額の百分の五に相当する金額を超える部分の金額に限定して認めているのは、憲法第二五条第一項に違反し無効である。

本件更正は、右無効な所得税法第七三条第一項を適用してされた違法があり、また、右無効な同項を適用して原告の財産権を侵害するものであるから、憲法第二九条第一項に違反する。

2  本件再更正等は、次に述べる理由により違法であるから、無効又は取り消されるべきである。

(一) 本件再更正等は、被告署長が後記三のとおり原告の更正の請求に対し更正すべき理由がない旨の通知をし、同被告自らも同通知に拘束されるものであるのにかかわらずされたものであるから、重大かつ明白な瑕疵がある。

(二) 本件再更正等は、原告が本件更正に対し異議申立てをしたこと、異議申立ての取下げを拒否したこと及び審査請求をしたことに対する報復としてされたものであるから、国税通則法第八三条第三項ただし書きに違反し、被告署長の権利濫用であり、信義誠実の原則に反するものである。

(三) 本件再更正は、原告の課税総所得金額を過大に認定したもので違法であり、違法な本件再更正を前提としてされた本件賦課決定も違法である。

三  原告は、昭和五〇年二月一九日に被告署長に対して原告の昭和四八年分所得税について更正の請求をしたところ、同被告は、昭和五〇年五月三一日付で原告に対して「現在、係争中であるため。」との理由で更正すべき理由がない旨の通知(以下「本件通知」という。)をした。

四  しかしながら、本件通知は、覇束処分であるのにかかわらず法律上の根拠を欠き適法手続に反してされたもので被告署長の権利濫用であり、かつ処分の理由が不適法であるから無効又は取り消されるべきである。

五  被告署長は、原告の昭和四八年分所得税について、昭和四九年五月一〇日原告の昭和四八年度国税還付金を本件更正に係る本税七七〇〇円に充当し、昭和五一年三月三一日原告の昭和五〇年度国税還付金を本件再更正に係る本税二万九二〇〇円、過少申告加算税一四〇〇円及び延滞税四四〇〇円の計三万五〇〇〇円に充当した。

六  しかしながら、本件更正及び本件再更正等は、前記二のとおり無効又は取り消されるべきものであるから、被告国は、右合計金四万二七〇〇円を過誤納金として原告に還付すべき義務がある。

七  よつて、原告は、被告署長に対し、本件更正の取消し及び本位的に本件再更正等の無効確認、予備的に同再更正等の取消し並びに本位的に本件通知の無効確認、予備的に同通知の取消しを求め、被告国に対し、過誤納金四万二七〇〇円及びこれに対する昭和四九年三月一六日から支払済みまで国税通則法所定の年七分三厘の割合による還付加算金の支払いを求める。

第三被告らの答弁

一  被告署長の本案前の主張

1  本件更正は、本件再更正がされたことにより、同再更正の処分内容としてこれに吸収されて一体的となり独立の存在を失うものであるから、本件更正の取消しを求める訴えは、その利益を欠く不適法な訴えであり、却下されるべきである。

2  本件通知の取消しを求める訴えは、原告において本件通知について被告署長に対する異議申立ても国税不服審判所長に対する審査請求もせず、本件通知後三か月以上経過して提起されたものであつて、行政不服申立ての前置を欠き、かつ出訴期間を徒過した不適法な訴えであるから、却下されるべきである。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因一の事実は認める。

2  同二の1のうち本件更正が原告の申告に係る医療費控除一万五四九〇円を認めなかつたことは認めるが、その主張は争う。

同二の2の主張は争う。

3  同三の事実は認める。

4  同四の主張は争う。

5  同五の事実は認める。

6  同六の主張は争う。

三  被告らの主張

原告の昭和四八年分の課税総所得金額は以下に述べるとおり四八万七〇〇〇円であり、本件再更正に係る課税総所得金額は右金額の範囲内であるから、本件再更正は適法である。

1  収入金額 二九九万八〇〇〇円

(一) 原告の申告額三〇二万二〇〇〇円には書道教授による収入金二万四〇〇〇円が算入されている。

(二) しかし、原告は、経営指導を業とする者であり、書道を教授した事実はなく、右収入金は架空のものであるから、原告の収入金額は、右申告額から二万四〇〇〇円を減算した二九九万八〇〇〇円である。

2  必要経費 二一八万八四三七円

(一) 租税公課 一三万六五五五円

(1) 原告の申告額一三万七〇五五円には、原告が東京地方裁判所に提起した不当利得返還請求事件(昭和四八年(ワ)第二六二六号)の訴状貼用印紙代五〇〇円が算入されている。

(2) しかし、右事件は納付した所得税の不当利得返還請求事件であり、所得税は事業所得上必要経費に算入されないのであるから、右印紙代も所得税の課税処分の是非を争うために要する費用であり、必要経費に算入されない。したがつて、原告の租税公課は、右申告額から五〇〇円を減算した一三万六五五五円である。

(二) 消耗品費 一六万八二五六円

(1) 原告の申告額二〇万七二四六円には、昭和四八年二月二日支出した墨汁代二万一八四〇円、三月九日支出した書道手本代一万二一五〇円及び同月一〇日支出した書道用水差代五〇〇〇円が算入されている。

(2) しかし、原告は、書道を教授した事実はなく、書道教授を行うための人的物的施設を設置したこともなく、書道教授を業とする者ではなく、右書道に関する費用は、原告自らの書道の練習のために要したものであるから、原告の事業上の必要経費に該当しない。したがつて、原告の消耗品費は、右申告額から右書道に関する費用計三万八九九〇円を減算した一六万八二五六円である。

(三) 減価償却費 一一万七一九五円

(1) 原告の申告額一二万七六一九円には、原告が昭和四八年四月に一一万三〇〇〇円で取得した卓上計算機について償却期間を一二か月として計算した償却費四万一六九七円が算入されている。

(2) しかし、右卓上計算機の使用期間は九か月であるから、償却期間を九か月として償却費を計算すべきである(所得税法施行令第一三二条第一項第一号)。そうすると、右卓上計算機の償却費は、次のとおり三万一二七三円となる。

したがつて、原告の減価償却費は、右申告額から四万一六九七円と三万一二七三円との差額一万〇四二四円を減算した一一万七一九五円である。

(四) 水道光熱費、旅費交通費、通信費、接待交際費、修繕費、利子割引料、地代家賃、会議費、印刷費、研修費、資料費及び図書費合計 一一六万五四三一円

(五) 雑費 〇円

(1) 原告の申告額一〇万円は、原告が昭和四九年に提起した訴訟(商標権侵害差止及び損害賠償請求事件)の訴状貼用印紙代である。

(2) しかし、右印紙代は、費用となるものではなく、また、右訴訟は昭和四九年に提起されたものであるから、原告の昭和四八年分の必要経費には該当しない。

(六) 退職給与引当金 〇円

(1) 原告は、申告において長男博文に対する退職給与引当金として一〇万円を必要経費に算入している。

(2) しかし、原告は、退職給与規程を定めておらず、また、博文は、原告と生計を一にする青色事業専従者であり、原告の事業に係る使用人(生計を一にする配偶者その他の親族を除く。)に該当しない。仮に博文が右使用人に該当するとしても、同人は昭和四八年一二月三一日に退職している。

したがつて、右一〇万円を退職給与引当金として必要経費に算入することはできない。

(七) 青色事業専従者給与 六〇万一〇〇〇円

右金員は、原告が青色事業専従者である博文に支払つた給与である。

したがつて、必要経費は、右(一)ないし(四)及び(七)の合計額二一八万八四三七円である。

3  総所得金額 七〇万九五六三円

原告の事業所得の金額すなわち総所得金額は、前記1の収入金額二九九万八〇〇〇円から前記2の必要経費二一八万八四三七円及び青色申告控除額一〇万円を控除した七〇万九五六三円である。

4  所得控除

(一) 医療費控除 〇円

(1) 原告は、申告において医療費一万五四九〇円を支払つたとしてその金額を医療費控除として計上している。

(2) しかし、医療費控除として認められる金額は、総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額の百分の五に相当する金額を超える部分の医療費に限られている(所得税法第七三条第一項)ところ、原告の右医療費は、原告の総所得金額の百分の五に相当する金額に満たないから、医療費控除として認められない。

(二) 社会保険料控除 八四〇〇円

(三) 生命保険料控除 六五五〇円

(1) 原告は、申告において昭和四八年中に生命保険料一万六五〇〇円を支払つたとしてその金額を生命保険料控除として計上している。

(2) しかし、原告は同年中に配当金九九五〇円を領収しているので、右支払保険料と右配当金との差額六五五〇円が生命保険料控除として認められるものである(所得税法第七六条第一項(昭和四九年法律第一五号による改正前のもの。以下同じ。))。

(四) 基礎控除 二〇万七五〇〇円

5  課税総所得金額 四八万七〇〇〇円

原告の課税総所得金額は、前記3の総所得金額七〇万九五六三円から前記4の(二)、(三)及び(四)の各所得控除を控除した四八万七〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)である。

第四被告らの主張に対する原告の認否及び反対主張

一  被告らの主張に対する認否

1  被告署長の本案前の主張2のうち、原告が本件通知について被告署長に対する異議申立ても国税不服審判所長に対する審査請求もしていないことは認める。

2(一)  被告らの主張1の(一)の事実及び(二)の事実のうち原告が経営指導を業とする者であることは認め、原告が書道を教授した事実はないこと及び書道教授による収入金二万四〇〇〇円が架空のものであることは否認する。

(二)  被告らの主張2の(一)の(1)の事実は認め、(2)の主張は争う。同(二)の(1)の事実は認め、(2)のうち原告が書道教授を業とする者ではないことは否認し、その主張は争う。同(三)の(1)の事実及び(2)のうち卓上計算機の使用期間が九か月であることは認めるが、(2)のその余の主張は争う。同(四)は認める。同(五)の(1)の事実は認め、(2)の主張は争う。同(六)の(1)の事実は認め、(2)の事実は否認する。同(七)の金員支払いの事実は認めるが、当該金員は、青色事業専従者給与ではなく給料賃金である。

(三)  被告らの主張3は争う。

(四)  被告らの主張4の(一)の(1)の事実は認め、(2)の主張は争う。同(二)は認める。同(三)の(1)の事実及び(2)のうち原告が昭和四八年中に配当金九九五〇円を領収していることは認めるが、(2)のその余の主張は争う。同(四)は認める。

(五)  被告らの主張5は争う。

二  原告の反対主張

原告の昭和四八年分の総所得金額の内訳及び所得控除のうち、被告らの主張額と異なるものは次のとおりである。

1  収入金額 三〇二万二〇〇〇円

原告は、経営指導のほか書道教授を業とする者であり、昭和四八年中に株式会社飯能光機製作所(以下「飯能光機」という。)の有志社員に対して書道を教授し、その報酬として同社員から計二万四〇〇〇円相当の物品を受領した。

2  必要経費 二九二万七一一一円

(一) 租税公課 一三万七〇五五円

(二) 消耗品費 三三万四〇〇六円

(1) 原告は、外谷製紙所に対し紙代として昭和四八年四月二日二万四〇〇〇円、六月二〇日三万四八〇〇円、八月一〇日二万七〇〇〇円、一〇月一五日一万六〇〇〇円、カイメイ株式会社に対し朱液代として一〇月三〇日一万二四八〇円、墨汁代として一二月一日一万二四八〇円をそれぞれ支払つたが、申告において右支払額を消耗品費に計上していなかつた。

(2) したがつて、原告の消耗品費は、申告額二〇万七二四六円に右支払額計一二万六七六〇円を加算した三三万四〇〇六円である。

そして、原告の経営指導と書道教授とは補完関係にあり一体のものであるから、右支払い及び申告に係る書道に関する費用は、原告の書道教授の必要経費であるばかりでなく、経営指導の必要経費でもある。

(三) 減価償却費 一二万七六一九円

原告は、被告署長が減価償却費について使用期間が六か月以上の場合は償却期間を一二か月として計算すべきことを指示したので、右指示に従つて償却費を計算し申告したのであるから、原告の申告額を認めないのは信義誠実の原則に反し、かつ被告署長の権利濫用である。

(四) 給料賃金 三二万円

原告は、昭和四七年四月日下みつこと雇用契約を締結し、昭和四八年中に同人に給料賃金計三二万円を支払つた。

(五) 雑費 一四万二〇〇〇円

被告ら主張の訴訟の訴状貼用印紙代は、申告額一〇万円及び計上漏れ額四万二〇〇〇円の合計額一四万二〇〇〇円である。

右印紙計一四万二〇〇〇円は、昭和四八年三月三〇日に購入したものであるから、同年分の必要経費に算入されるべきである。

(六) 退職給与引当金 一〇万円

原告は、勤続一年につき退職所得控除限度額相当額を支給する旨の退職給与規程を定めており、かつ、博文は、原告と生計を異にする(清瀬市竹丘二丁目三番七号に居住)原告の事業に係る使用人である。

したがつて、原告の必要経費は、右(一)ないし(六)並びに被告らの主張2の(四)及び(七)(ただし、給料賃金である。)の合計額二九二万七一一一円である。

3  総所得金額 〇円

原告の総所得金額は、前記1の収入金額三〇二万二〇〇〇円から前記2の必要経費二九二万七一一一円及び青色申告控除額九万四八八九円を控除した〇円である。

4  所得控除

(一) 医療費控除 一万五四九〇円

原告が支払つた医療費の金額一万五四九〇円を医療費控除として認めるべきであること請求原因二の1に述べたとおりである。

(二) 生命保険料控除 一万六五〇〇円

所得税法第七六条第一項によれば、支払保険料の金額が二万五〇〇〇円以下の場合は、配当金の有無にかかわらず支払保険料の金額を生命保険料控除として認めるべきものと解されるから、支払保険料から配当金を控除した額を生命保険料控除とすることは、同項の解釈を誤つたものである。

第五原告の反対主張に対する被告らの認否

原告の反対主張2の(二)の(1)の事実は不知、(2)の主張は争う。同(三)の事実は否認し、その主張は争う。同(四)の事実は否認する。

同(五)の事実は不知、その主張は争う。

原告の反対主張4の(二)の主張は争う。

第六証拠関係

一  原告

1  甲第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一、第一二号証の各一、二、第一三ないし第二〇号証、第二一号証の一ないし三、第二二号証の一、二、第二三ないし第二五号証、第二六ないし第三〇号証の各一、二、第三一ないし第三三号証、第三四号証の一ないし三、第三五号証、第三六号証の一ないし七、第三七ないし第四五号証、第四六号証の一、二、第四七、第四八号証の各一ないし三、第四九号証、第五〇ないし第五九号証の各一、二及び第六〇ないし第六二号証を提出(第一号証、第一五号証及び第六二号証は写をもつて提出)

2  原告本人尋問の結果を援用

3  乙第三、第四号証、第六号証及び第八号証の成立は認める。第九号証のうち原告作成部分の原本の存在及び成立は認め、その余の部分の原本の存在及び成立は不知。第一〇号証のうち49修正申告分との記載部分の原本の存在及び成立は不知、その余の部分の原本の存在及び成立は認める。その余の乙号各証の成立(第七号証の一ないし四については原本の存在及び成立)は不知。

二  被告ら

1  乙第一ないし第六号証、第七号証の一ないし四及び第八ないし第一一号証を提出(第七号証の一ないし四、第九号証及び第一〇号証は写をもつて提出)

2  証人中川和夫の証言を援用

3  甲第一七、第一八号証、第二二号証の一、二、第二五号証、第三一号証、第三五号証、第四〇号証、第四七、第四八号証の各一、三、第六〇号証及び第六一号証の成立は不知。第四七、第四八号証の各二のうち官公署作成部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知。その余の甲号各証の成立(第一号証、第一五号証及び第六二号証については原本の存在及び成立)は認める。

理由

一  本件更正の取消しの訴えについて

本件更正は、本件再更正がされたことにより、同再更正の処分内容としてこれに吸収されて一体的なものとなり、独立の存在を失うに至るものと解すべきであるから、本件更正の取消しを求める訴えは不適法である。

二  本件再更正等の無効確認の訴えについて

処分の無効確認の訴えは、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる(行政事件訴訟法第三六条)ものであるところ、請求原因五の事実は当事者間に争いがない。そうすると、充当により本件再更正等に係る所得税につき納付があつたとみなされる(国税通則法第五七条第二項)から、原告は、本件再更正等に続く滞納処分を受けるおそれはなく、また、本件再更正等の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えである過誤納金還付請求の訴えによつて目的を達することができるものである。したがつて、本件再更正等の無効確認を求める訴えは、訴訟要件を欠く不適法な訴えである。

三  本件再更正等の取消請求について

1  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、本件再更正等に原告主張の違法が存するか否かについて判断する。

(一)  原告は、本件再更正等は被告署長自ら本件通知に拘束されるものであるのにかかわらずされたものであるから違法であると主張する。

しかしながら、税務署長は、納税申告書提出者からの更正の請求に対して更正すべき理由がない旨の通知をした後においても、当該申告書(既に更正がされている場合には当該更正)の課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは当該課税標準等又は税額等を更正することができるものであり(国税通則法第二四条、第二六条)、右通知に何ら拘束されるものではない。よつて、原告の右主張は理由がない。

(二)  原告は、本件再更正等は原告が本件更正に対し異議申立てをしたこと等に対する報復としてされたものであるから、国税通則法第八三条第三項ただし書きに違反し、被告署長の権利濫用であり、信義誠実の原則に反するものであると主張する。

しかしながら、国税通則法第八三条第三項ただし書きは、異議申立てについての決定における不利益変更の禁止を規定したものであるから、本件再更正等については適用の余地はない。また、本件再更正等が報復としてされたことを認めるに足りる証拠はない。よつて、原告の右主張は理由がない。

(三)  原告は、本件再更正は原告の課税総所得金額を過大に認定したもので違法であると主張するので、以下この点につい判断する。

(1) 収入金額について

被告らの主張1の(一)の事実及び原告が経営指導を業とする者であることは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第四五号証及び第四六号証の二、弁論の全趣旨により成立の真正が認められる甲第三一号証、証人中川和夫の証言により成立の真正が認められる乙第一、第二号証及び第第一一号証、同証言並びに原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は、昭和四三年ころ社団法人全日本書道教育協会(以下「全書協」という。)に入会し、昭和四五年一一月三日全書協施行の認定試験に合格し、昭和四六年一月二四日全書協から民間書道教授者としての資格を認められ、昭和四八年五月二七日全書協から同年度協会運営委員及び学生部審査員を委嘱されたこと、原告は、昭和四二年ころから昭和五〇年六月まで飯能光機に対し経営指導をしていたが、その間飯能光機では社員に対する書道の教授を原告に依頼したことはないこと、飯能光機の社員横手勝克外若干の者が原告の紹介により昭和四五年ころ全書協に入会したことはあるが、同人らも原告から直接書道の指導を受けたことはなく、したがつて月謝の授受もなかつたこと、同人らは、全書協入会後原告から書道に関する本や道具を贈られ、また全書協への出品に際し原告の助言を受けたりしたことがあるので、六月や一二月にウイスキー等の品物を原告に贈つたことがあることが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は昭和四八年までには書道教授の資格を有していたことが認められるが、事業所得にいう事業とは対価を得て継続的に行う事業をいうところ、原告が昭和四八年中に飯能光機の社員に対して対価を得て書道を教授したものと認めることはできず、原告が六月や一二月に贈られたウイスキー等はお中元、お歳暮等の贈り物に過ぎないものというべきであり、書道教授の報酬と認めることはできない。したがつて、原告主張の書道教授による収入金二万四〇〇〇円は、原告の事業に係る収入金額として認めることはできない。

よつて、原告の昭和四八年中の事業所得に係る収入金額は、申告額三〇二万二〇〇〇円から右二万四〇〇〇円を減算した二九九万八〇〇〇円である。

(2) 必要経費について

〈1〉 租税公課について

被告らの主張2の(一)の(1)の事実は当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果によれば、原告の提起した不当利得返還請求事件は、原告の昭和四二年分所得税及び昭和四三年分特別区民税に関するものであることが認められる。

ところで、右所得税及び特別区民税は、所得の発生後においてその所得の帰属主体に対して課せられるものであるので、事業所得の金額の計算上必要経費に算入されない(所得税法第四五条第一項第二号、第四号)ものである。したがつて、右事件の訴状貼用印紙代五〇〇円も、事業所得を生ずべき業務について生じた費用ということはできず、必要経費に算入することができないものというべきである。

よつて、必要経費に算入される租税公課は、申告額一三万七〇五五円から右五〇〇円を減算した一三万六五五五円である。

〈2〉 消耗品費について

被告らの主張2の(二)の(1)の事実は当事者間に争いがない。

原告が昭和四八年中に事業所得にいう事業として書道教授をしたと認められないこと前記(1)のとおりである。したがつて、書道に関して原告が支出した費用は、事業所得を生ずべき業務について生じた費用ということはできず、必要経費に算入することができないものというべきである。

よつて、必要経費に算入される消耗品費は、申告額二〇万七二四六円から書道に関する費用三万八九九〇円を減算した一六万八二五六円である。

〈3〉 減価償却費について

被告らの主張2の(三)の(1)の事実及び当該卓上計算機の使用期間が九か月であることは当事者間に争いがない。

そうすると、右卓上計算機の昭和四八年分の償却費は、償却期間を九か月として一年分の償却費の額から月割計算により算出すべきであり、(所得税法施行令第一三二条第一項第一号イ)、被告ら主張のとおり三万一二七三円となる。

原告は、被告署長の指示に従つて償却費を計算し申告したのであるから、原告の申告額を認めないのは違法であると主張するが、被告署長が原告主張のような指示をしたことを認めるに足りる証拠はなく、右主張は失当である。

よつて、必要経費に算入される減価償却費は、申告額一二万七六一九円から四万一六九七円と三万一二七三円との差額一万〇四二四円を減算した一一万七一九五円である。

〈4〉 水道光熱費、旅費交通費、通信費、接待交際費、修繕費、利子割引料、地代家賃、会議費、印刷費、研修費、資料費及び図書費の合計が一一六万五四三一円であることは当事者間に争いがない。

〈5〉 給料賃金について

(日下みつこについて)

原告は、昭和四七年四月日下みつこと雇用契約を締結し、昭和四八年中に同人に給料賃金計三二万円を支払つたと主張する。

成立に争いのない乙第六号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第六二号証、証人中川和夫の証言により成立の真正を認められる乙第五号証、同証言により原本の存在及び成立の真正を認められる乙第七号証の一を合わせると、日下みつこは、原告と内田芳子(昭和四五年六月原告と離婚)との間に昭和三二年一月一日出生した長女で、両親離婚後は原告と別居し、内田芳子と同居し(清瀬市竹丘二丁目三番七号ないし同所二丁目六番一七号三に居住)、同人に扶養され、昭和四八年当時は都立高校在学中(昭和五〇年三月卒業)であり、休暇中等高校の授業のないときにはたびたび原告方を訪れて原告より小遣い銭をもらつていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。原告本人尋問の結果中には、みつこは昭和四八年中土曜、日曜に原告の事業にタイピスト等の仕事をして従事し、給料は月二万円位であつた旨の供述部分があるが、右認定の事実に照らし措信し難く、また、成立に争いのない甲第三二号証及び原告本人尋問の結果により成立の真正を認められる甲第一七号証は、いずれも原告作成に係るものであり、原告の右主張にそう記載部分は同様に措信し難い。そして、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

よつて、日下みつこに対する給料賃金計三二万円は認められない。

(日下博文について)

原告が日下博文に給与六〇万一〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがないところ、右金員について、被告らは青色事業専従者給与であると主張するのに対し、原告は給料賃金であると主張する。

成立に争いのない乙第三号証及び第八号証によれば、原告は、昭和四六年七月以後日下博文を青色事業専従者としてその給与に関する届出をし、原告の昭和四八年分所得税について右金員を博文に対する青色事業専従者給与として確定申告をしたことが認められるが、前掲甲第六二号証、成立に争いのない甲第三八号証、原告本人尋問の結果により成立の真正を認められる甲第四七号証の一及び同尋問の結果を合わせると、日下博文は、原告と内田芳子との間の長男で、両親離婚後は原告と別居し、昭和四六年から昭和五一年八月まで内田芳子と同居し、昭和四八年当時は丸三証券に勤務のかたわら、原告の事業を手伝つていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、日下博文は、昭和四八年当時原告と生計を異にしていたものと認められるから、青色事業専従者ではなく、前記届出及び申告は誤つているものと認められる。

よつて、右金員は、青色事業専従者給与ではなく給料賃金である。

〈6〉 雑費

被告らの主張2の(五)の(1)の事実は、当事者間に争いがない。

そうすると、原告が印紙を使用したのは昭和四九年であるから、当該訴訟が原告の事業の遂行上必要なものとして提起されたものであるか及び右訴訟の訴状貼用印紙代がいくらであるかの点につき判断するまでもなく、右印紙代は昭和四八年分の必要経費に算入することができないものである。

原告は、右印紙代は昭和四八年三月三〇日に購入したものであるから同年分の必要経費に算入されるべきであると主張するが、右印紙を購入した時点においては、いまだ右印紙が原告の事業の遂行上使用されるかどうか不明であるから、原告の右主張は失当である。

〈7〉 退職給与引当金

被告らの主張2の(六)の(1)の事実は当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果中には、原告は、昭和三九年青色申告の承認手続をする際に退職金支給規定として甲第三五号証を作成して被告署長に届け出た旨の供述部分があるが、他方同尋問の結果によれば、昭和三九年当時原告の事業に従事していたのは青色事業専従者である妻(内田芳子)だけであり、その後も現在に至るまで右妻及び子を青色事業専従者として届け出て事業に従事させていたほかは、使用人を使つていなかつたことが認められる。そうすると、原告が退職給与引当金を計上するために昭和三九年に退職給与規程を定めて被告署長に届け出る必要は全くなかつたものであり、また、甲第三五号証の形態及び記載内容から考えても、同号証をもつて所得税法施行令第一五三条所定の退職給与規程とは認め難く、右供述部分は措信し難い。そして、他に原告が右所定の退職給与規程を定めていたと認めるに足りる証拠はない。

よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告は必要経費として退職給与引当金を計上することはできないものといわなければならない。

したがつて、原告の必要経費は、右〈1〉ないし〈5〉の合計額二一八万八四三七円である。

(3) よつて、原告の事業所得の金額は、前記(1)の収入金額二九九万八〇〇〇円から前記(2)の必要経費二一八万八四三七円及び青色申告控除額一〇万円を控除した七〇万九五六三円であり、右金額が原告の総所得金額となる。

(4) 所得控除について

〈1〉 社会保険料控除の金額が八四〇〇円であること及び基礎控除の金額が二〇万七五〇〇円であることは当事者間に争いがない。

〈2〉 医療費控除について

被告らの主張4の(一)の(1)の事実は当事者間に争いがない。

そこで判断するに、医療費控除として認められる金額は、総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額の百分の五に相当する金額(ただし、十万円を限度とする。)を超える部分の金額(ただし、百万円を限度とする。)に限られている(所得税法第七三条第一項)ところ、原告の医療費一万五四九〇円は、前記原告の総所得金額の百分の五に相当する金額を超えないから、医療費控除として認めることはできない(この点に関する原告の請求原因二の1の(一)記載の主張は採用できない。)。

原告は、本件再更正は憲法第一四条第一項及び第二五条第一項に違反する無効な所得税法第七三条第一項を適用してされた違法があり、また無効な同項の適用は憲法第二九条第一項にも違反して違法であると主張する。

しかしながら、所得税法第七三条第一項の規定は、何ら不合理な差別をするものではないから憲法第一四条第一項に違反せず、また控除額につき所得金額に応じた一定の限定をしていることをもつて直ちに憲法第二五条第一項に違反するものということはできない。よつて、所得税法第七三条第一項の規定が憲法第一四条第一項、第二五条第一項及び第二九条第一項に違反することを前提として本件再更正を違憲違法とする原告の右主張はいずれも失当である。

〈3〉 生命保険料控除について

被告らの主張4の(三)の(1)の事実及び原告が昭和四八年中に配当金九九五〇円を領収していることは当事者間に争いがない。

そうすると、生命保険料控除として認められる金額は、支払保険料一万六五〇〇円から右配当金九九五〇円や控除した残額六五五〇円である(所得税法第七六条第一項第一号)(この点に関する原告の反対主張4の(二)記載の主張は採用できない。)。

(5) よつて、原告の課税総所得金額は、前記(3)の総所得金額七〇万九五六三円から前記(4)の〈1〉及び〈3〉の各所得控除の金額を控除した四八万七〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)である。

以上の次第で、本件再更正に係る課税総所得金額は右認定額の範囲内であるから、本件再更正に過大認定の違法はない。したがつて、本件賦課決定にも原告主張の違法はない。

四  本件通知の無効確認請求について

1  請求原因三の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、本件通知に原告主張の無効事由が存するか否かについて判断するに、原告は、本件通知は法律上の根拠を欠き適法手続に反してされたもので被告署長の権利濫用であり、かつ処分の理由が不適法であるから、無効であると主張する。

しかしながら、本件通知は、国税通則法第二三条第四項の規定に基づいてされたものであるから、法律上の根拠を欠き適法手続に反してされたものということはできず、その他被告署長の権利濫用を認めるに足りる証拠にない。また、更正すべき理由がない旨の通知については処分理由を附記すべき旨の法令の規定は存しないから、処分の理由が誤つているとしても、これをもつて当該処分を無効とする重大な瑕疵に当たるということはできない。よつて、原告の右主張は理由がない。

五  本件通知の取消しの訴えについて

税務署長がした処分の取消しを求める訴えは、異議申立てについての決定及び審査請求についての裁決を経た後でなければ、提起することができない(国税通則法第一一五条第一項)ものであるところ、原告が本件通知について被告署長に対する異議申立ても国税不服審判所長に対する審査請求もしていないことは当事者間に争いがない。したがつて、本件通知の取消しを求める訴えは、訴訟要件を欠く不適法な訴えである。

六  被告国に対する請求について

原告の被告国に対する請求は、本件再更正等が無効又は取り消されるべきものであることを前提とするものであると解されるところ、本件再更正等に原告主張の違法の存しないこと前記三の2のとおりであるから、原告の右請求は、その前提において失当である。

七  よつて、原告の被告署長に対する訴えのうち、本件更正の取消しを求める訴え、本件再更正等の無効確認を求める訴え及び本件通知の取消しを求める訴えをいずれも却下し、原告の被告署長に対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田耕三 裁判官 菅原晴郎 裁判官 成瀬正已)

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